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南半球で恵方巻を食べるときの方角 [地域]

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テレビで節分に食べる恵方巻の話をしていて、今年の恵方巻きを食べる方角は西南西なのですが、恵方の方角というのは歳徳神とかいう神様がいる方角なのだそうです。
この神様のいる方角は西暦の下1桁で違うそうで、5と0の年が西南西なので今年の2015年は西南西の方角で、6と1の年がまた違う方向で5年おきで方角が違うのです。
そこである人がこんなことを言い、南半球で恵方巻を食べた場合にはどの方角は向いて食べればいいのかというのです。

日本がある北半球では北極が北になりますが、南半球の場合だと逆になり南極が北になります。
そうなると日本で恵方巻を食べる時は西南西を向いて食べればいいのですが、南半球だと東北東を向いて食べることになるのでしょうか。

節分で恵方巻を食べる習慣のある人が南半球で暮らすことになった場合は、言われた方角の通りに食べているのか、それとも真逆の方角を向いて食べているのか、いったいどうしてるのでしょうか。

方角のことを聞いたらさらに細かいことを考えてしまって、同じ北半球でも日本から見れば西南西でも緯度がずれると方角も少しずつ変わってくるわけであり、日本から見て西南西でもヨーロッパやアメリカからだと方角もかなり変わってきます。


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小網代の森に行ってみた [地域]

神奈川県三浦市、京浜急行の終点の三崎口駅から港方面に歩いて15分くらいのところに、「小網代の森」という場所がある。
散歩がてら天気のいい日曜日に出かけてみました。
森というよりも山奥に迷い込んだのかと思えるような大自然。
ものすごく静かで、鳥のさえずりが聞こえる。
湿地帯な感じで土の匂いが立ち込める。
足元は歩きやすいようにコースが作られているので、ぬかるみにハマることもない。
ところどころに案内のかたがいて、植物の説明などをしてくれる。
見逃してしまう上のほうの「あけび」や、遠くに見えるオレンジ色の「カラスウリ」や、頭のすぐ上の「紫式部」などを、丁寧に説明してくれたが、虫嫌いの私はあまり木を眺めることが出来なかったので、せっかくの説明も聞いていません。
案内のかたゴメンナサイ。
足元の散歩コースを進むと少し開けたところに出る。
水芭蕉は咲いていないがまるで尾瀬のよう。
ずっと向こうに小網代湾が見える。
気持ちいい。
なんでも、アカテカニという珍しいカニが生息しているとのこと。
探しもしなかったので見れなかったけど。
すごく広い八角形(?)の台があって、散策の方たちがお弁当を食べている。
その場所とは反対の左へ行くと、三浦七福神の一つ「白髭神社」があり、小網代の森はここまで。
もう少し歩くと油壺。
天気も良くて気持ち良いのでそのまま2時間も歩いてしまった。


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中国旅行の宣伝に惹かれています [地域]

今日の新聞を見ていたら、中国旅行の大まかな宣伝が載っていました。
中国との関係がどうのこうのと云われていても、民間人ならば、まして観光客ともなれば丁重な扱いを受けるはずです。
しかし凄い低料金です。
一人部屋を希望しても、5泊で8万円を切っています。
2~3人部屋だと5万円強で参加できるのです。
家族の中で中国の北京を見ていないのは自分だけだから、ワーッ参加しようかなって、心が動いたのです。
夫は一度、姑にいたっては4回は行っているはずです。
姑は趣味で気功をやっていますから、その関係もあり仲間とツアーを組んで、気功を学びがてら観光もするという旅行です。
夫は北京の故宮博物院を一度訪れたいと思っていたときに、上手い具合に一人でツアーに申し込んだのです。
確かに一人で出かけたほうがゆったりと見学が出来ます。
一ヶ月あっても見切れないだろうというほどの収蔵量だというし、端から端まで何もせずに歩いたって、一体どれぐらいの時間を要するのだろうかと、首をひねっていました。
この新聞のツアー参加者募集に申し込んでも、家族は誰も反対しないだろうなと思います。
中国は凄いすごいと言っていたし、一度は行ってみたほうがいいとも言っていました。
いつこの話を持ち出すか、其れが問題?です。
タイミングって、結構、重要なポイントです。


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イスタンブールの思い出話 [地域]

少し前になりますが、トルコのイスタンブールを旅行したことがあります。
初めてのトルコ、そしてイスタンブールということで、わくわくしながら行きましたが、イスタンブールは本当に素晴らしい都市でした。
昔からシルクロードの通過点として、アジアとヨーロッパを結んできた町ですが、その面影は今でも確かにありました。
アジアでもヨーロッパでもない、どこか不思議な雰囲気があるのです。
訪れた場所は定番のブルーモスクやアヤソフィア、グランドバザールなどでしたが、どこへ行っても人懐っこく優しい人々が待っていて、歩いているだけで人との触れ合いを楽しむことができました。
しかし少し困った人がいるのも事実です。
よく言われたのは、日本語で「落としましたよ」ということでした。
いや、落としてないですが…と思ってもつい振り向いてしまう言葉です。
そして振り返ると、してやったりの顔をした男性。
だからといって物理的な被害を受けたわけではありませんが、毎回いやな思いをしたのは事実です。
いったい誰が教えたのでしょう。
しかし帰国してみると、あの言葉がなんとなく懐かしく思え、そうしたいやな思いはくっきりと旅のことを思い出させてくれるのです。
トルコの人たちはもしかしたらいたずらもコミュニケーションの手段にしていたのかもしれません。
またイスタンブールに行くことがあったら、こちらも余裕を持って、仲良く話せればと思っています。


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中国留学体験記 [地域]

私は1998年に中国に留学しました。
その時話せる言葉は、ニーハオ、シェシェ、ザイジエン(さようならの意味)だけでした。
中国語は発音が難しいなんてもんじゃなく、先に勉強した人に聞いたところ、発音だけで1年間はかかる、とのことでした。
それでもお腹はすくし、部屋の電灯は切れるし、財布はなくすし、郵便物は届かないしのトラブル大国です。
買った電化製品はすぐ壊れます。
それらのトラブルを言葉で解決しようとすると、あっという間に野次馬の中国人に囲まれ、笑い者にされます。
留学生に優しい日本のようなわけにはいかないのです。
だから通じないときは辞書で調べて、紙に書いて持って行き見せました。
そしたら今度はそれを従業員が回し読みして、笑い者にします。
もうどうしようもない国なのです。
精神が図太くない人は、やられてしまいます。
部屋に引きこもるようになり、授業にも出なくなり、やがて帰国してしまいます。
そういう人を何人も見ました。
バスに乗った時、載るのは無言で乗ればいいので大丈夫なのですが、問題は降りるときです。
「降ります、って中国語でなんて言うの?」と友達同士で話していたところ、「我们下车」(私たち、降ります)と練習で言ったのが運転手さんに聞こえてしまい、目的地までまだ何キロもあるのに、降ろされる羽目になりました。
今となっては笑い話なのですが、中国留学は最初の頃は、本当に毎日が必死で、悔しくて、バカヤローって何度も思って、シャワーを浴びる以外の時間は全部勉強に充てていました。
そのくらいやらないと、生きていけないのです。


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ブータンの良さについて考える [地域]

ブータンに嫁いだ日本人妻を紹介するバラエティを見ましたが、ブータンって本当に素晴らしい国だと感動しました。
国民の幸福度が高い国としても有名なブータンですが、豊かな自然を守りつつ互いに協力して暮らす様子が素敵です。
信心深く教育費や医療、水道代も無料で安心して生活が出来るので国の人々は穏やかな表情です。
海外からの観光客には必ず観光ガイドが付いていたり、お墓がないというスタイルも理想的です。
日本人が高額なお墓を買うのがバカバカしいと感じているのでブータンのようなスタイルになれば良いなと思いました。
ブータンでは英語の教育も進んでおり若い人は英語力が高いです。
普通の授業も英語で行うなど徹底した英語教育を行っているので皆さん英語が上手なんですね。
国際結婚に関しても厳しいようで簡単には認められないようです。
これも自分たちの国を大切に思うからこその厳しさだと言えるのではないでしょうか。
近年の日本は近代化しすぎて争いや犯罪も増え、昔の良さをなくして行く一方で寂しい気持ちです。
どうすれば国民がみんな幸福になれるのかを考え実践してくれるブータン政府に感心します。
日本よりも小さな国ですが私たちがブータンの良さを参考にする価値は大きいと思います。


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嵐山の渡月橋を目指して見たいと思います。 [地域]

息子に起こされてベランダへ出てみると、一面、雲ばかりのどんよりとした天候でした。
しかし、雨は降らないようです。
今日一日は、なんとか持ちそうです。
助かりますね、折角の休日ですので、予定通り自転車で走ってこようと思ってますから。
私は、ひと月前に、この街に来たばかりで、この街というのは京都なんですが、こちらは、環境がいいですね。
街並みが実に美しく整備されています。
自転車で走るには最も良い環境ですね。
以前住んでいた名古屋でも、休日には、いつも20キロm程度は自転車で走っていましたが、こちらの街は見所が沢山あって、同じ走るにしても、気持ちが違いますね。
こちらに来てからは、自転車で走るのと観光を兼ねて名所を3箇所ぐらい、よることにしました。
今日は嵐山の渡月橋を目指して見たいと思います。
嵐山へ行く途中で広隆寺・蚕の社・鹿王院へよって見たいと思っています。
堀川通りを下がって、三条通りまで出て西へまっすぐ行けばいいみたいですね。
突き当たりが嵐山で、その途中に広隆寺・蚕の社・鹿王院があるみたいなので、経由して嵐山へ行くことにしました。
帰りは丸太町通りから帰ってきましょうか。
ネットで距離を検索したところ、23キロmですね。
ちょうどいいような走行距離だと思います。
それでは、11時ぐらいには出かけますので、帰宅しましたら、またご連絡します。


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富岡製糸場の世界遺産登録と片倉工業の貢献 [地域]

群馬県の富岡製糸場が、近代日本の産業遺産としては初めて世界遺産に正式登録されました。
富岡製糸場は1872年に官営により操業が開始され、その後、三井家、原合名会社、片倉工業株式会社に経営が移されました。
そして1987年に操業が停止された後、2005年に富岡市へ寄贈、2006年には国の重要文化財に指定されました。
施設は操業当初から変わらず、良好な状態で保存されています。
富岡製糸場を世界遺産に登録できたのは、地域の人々の協力があったからだと思います。
その中でも操業停止から富岡市への寄贈までの18年間、片倉工業が施設を保存していたという点に注目したいです。
もともと企業が所有する施設であったため、操業停止時に建物を取り壊すなど他の選択肢もあったはずです。
けれども「売らない、貸さない、壊さない」という方針のもとに維持と管理を続けました。
古い建物で修繕が必要だったため、固定資産税を含めた維持費用が年間約1億円に上ったこともあるそうです。
そのような努力のおかげで、施設が現在まで良い状態で引き継がれたのだと思います。
世界遺産に登録されたことにより、富岡製糸場の知名度がさらに高まると予想されます。
操業当初と変わらない姿をより多くの人が見られるように、次の世代に引き継がれてほしいと思います。


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外国の墓地で見た光景 [地域]

私が外国旅行していた時のこと。その街には広大な墓地があり、著名人も埋葬されていて有名な観光スポットとして知られていました。
私の好きな音楽家がこの墓地に眠っていると知り、さっそくその墓地に訪れてみることにしたのです。

その日は平日で人も少なく、お墓参りをしている人はほとんど見かけませんでした。
私がお墓を眺めて見ていた時、近くから明るい音楽が流れてきたのです。
音のする方を見てみると、若い20代前半くらいの男の人が、スマートフォンで音楽を流しながらあるお墓に慣れた手つきで古い花を取替えていました。
私は墓地で音楽を流しながらお墓参りをするなんて正直どうなんだろう、と思ったのですが私は現地の言葉も上手に喋れなく、気が引けて何も言えませんでした。

帰り際にふとその男性が花を添えていた墓を見てみたら、思わず足を止めてしまいました。
日本のお墓とは違い、こちらのお墓は墓石に個人の名前と生まれた年、亡くなった年が彫ってあります。
それを見ると、そのお墓は1年前にわずか20歳で亡くなった女性のものだとわかりました。

きっとあの男性は彼女の恋人か家族なんでしょう。
あの音楽は、きっと彼女に届くように流していたのかなと思うと、少し切なくなりました。


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